NOTES — 研究ノート
品種名と交配式の読み方
ラベルを正確に読むために
ディッキアの世界では、ラベルや投稿に書かれた交配式そのものが情報の本体です。 名前の付け方、交配式の順序、世代を表す記号、現場で使われる略号を知ると、記録が正確に読めるようになります。 このサイトの品種ページも、ここに書いた約束事に沿って書いています。
名前の書き方NAMES
学名(種名)は斜体で Dyckia marnier-lapostollei のように、園芸品種名は一重引用符で Dyckia ‘Brittle Star’ のように書くのが、国際的な標準表記です。
大切なのは、命名品種の名前は実生集団そのものではなく、その中から選抜された1個体(クローン)に付けられた名前だということです。 その名前の株は、株分けなどの栄養繁殖で増やされたものが原則で、同じ交配式から生まれた実生すべてが、親と同じ品種名を名乗れるわけではありません。 実生に親品種の名前をそのまま付けるのは、記録の信用を損なう誤りの代表例です。
交配式の読み方CROSS FORMULAS
交配式は「種子親 × 花粉親」の順で書きます。左が種子を実らせる側(母)、右が花粉を付ける側(父)で、これはブロメリアに限らない園芸交配表記の国際的な慣例です。 複合交配では、括弧で世代構造を示します。
例:(‘Warren’ × ‘Heaven and Hell’) × ‘Nagas’ —— まず ‘Warren’ と ‘Heaven and Hell’ を交配し、その実生に ‘Nagas’ を掛けた、という意味です。 国内の流通でも、交配式に個体番号や作出拠点の名を添える書式がそのまま使われています。
また、種名の後ろの var. は変種(varietas)を表します。例:Dyckia marnier-lapostollei var. estevesii。 sp. は種まで同定されていない株、aff. はその種に近い未同定の株を指すときに使います。
世代 — F1・F2・F3GENERATIONS
F1 は交配で得た第一世代の実生です。F1 同士の交配(または F1 の自家受粉)で得た次世代が F2、以下 F3 と続きます。 F2 では形質が分かれて現れるため、優良個体の選抜は主に F2 以降で行われます。
‘Brittle Star’ F3 のように品種名の後ろに付く世代記号は、「その品種(または品種につながる系統)の第何世代の実生群か」を示します。 世代記号の付いた実生と、選抜されて名前を持ったクローンは、区別して記録します。
略号ABBREVIATIONS
長い名前は、交配式の中で略号に置き換えられることがあります。このアーカイブで使う略号は次の5つです。
| ML | Dyckia marnier-lapostollei。タイのブリーダー Q Dyckia の公開資料でも、同じ展開で使われています。 |
|---|---|
| BS | ‘Brittle Star’。Bill Baker 作出の登録品種(BCR #2335)。 |
| DM | ‘Donna Marie’(Bill Baker と Bryan Chan の共同作出による登録品種、BCR #13549)。当方の記録で使う略号で、公的な慣習ではありません。 |
| HH | ‘Heaven and Hell’。Q Dyckia の資料に「HH = Heaven and Hell」の明記があります。 |
| 4OJS | ‘4th of July Series’(海外では 4JOS と書かれます)。Bill Baker の交配シリーズのコードで、個体は XXX1-2 のような番号で区別されます。BCR の登録記録にもコードのまま現れ、たとえばタイの Sueb Anyamaneetrakul の ‘Nagas’(BCR #14330)では、種子親が「4JOS#202」と記録されています(花粉親は ‘Brittle Star’ F3 の選抜クローン ‘Bone’)。なお、このシリーズを松田健司氏の作出とする説明が一部にありますが、誤りです。松田氏自身の登録品種 ‘Patriot Crown’ の血統に、花粉親のコードとして「4OJS XX1-3」が現れることから生じた誤読で、シリーズ自体は松田氏のものではありません。 |
これらは趣味家の現場で使う私的な略記であり、正式な品種名ではありません。 BCR の登録ルールでも、品種名に略称を使うことは好ましくないとされています(登録の話は「BSIと品種登録」へ)。 このサイトの品種ページでは、交配式は原則として展開して表記し、略号の解説はこのページに集約しています。
管理コードと選抜番号CODES & SELECTION NUMBERS
名前が付く前の株は、作出者やナーセリーのコードで管理されることがよくあります。 コードの意味は体系ごとに違い、同じ綴りの番号が別の体系にも現れるため、番号だけから出所を決めることはできません。 出所の分からない番号もあり、‘Jaws’ の F2 実生に付いた LS061 のような例が国内の流通で目撃されています。
Michael Kiehl 氏の D番号
フロリダのナーセリー Michael's Bromeliads の選抜番号で、「D+数字」の形を取ります。 ‘Brittle Star’ F3 の実生群と、‘Mercury’ をセルフ(自家受粉)して得た実生群の、両方に振られました。 後者の群は Battle シリーズと呼ばれ、名前が付いた例に D029 の ‘Battle Axe’、D024 の ‘Battle Cry’(ナーセリーのスタッフが命名)、D028 の ‘Hatchet’(「手斧」の名が提案され、採用された)があります。 D013 は ‘Great white’、D016 は ‘Rolling Stone’、D054 は ‘White Trooper’ と呼ばれます。 名前のないまま流通する番号もあり、D019 は ‘Mercury’ F2 の無名クローン、D027 は Battle シリーズの1個体として記録されています。 D番号は国内の交配にも入り、D007 が国内の自家交配(種子親は ‘Donna Marie’)の花粉親に使われた記録があります。
注意したいのは、D033 という番号が、Q Dyckia の ‘Brittle Star’ F3 選抜の体系にも、Kiehl の体系にも現れることです。 両者が同じ体系かどうかは分かっておらず、D033 の株は国内の交配の親表記にも使われていますが、番号の一致をもって出所を同一とみなすことはできません。
タイの Sueb 氏の実生群にも、D の付く番号が現れます。 氏の ‘Brittle Star’ F3 実生群の選抜 ‘BS #11’ と、BCR の ‘Phoenix’ の種子親表記に現れる ‘D11’ は、同一のクローンを指します。 同じ形の番号が別の作出者のもとにも現れる例で、出所は番号だけでなく文脈で判断する必要があります。
Baker 系のトラッキングコード
Bill Baker 氏の交配群を Bryan Chan 氏が引き継いで管理した、3文字のトラッキングコードです。 国内の記録では、BBB のコードを持つ株が育てられ、2024年には braunii との交配の親に使われました。BBB の交配式は ‘Brittle Star’ × ‘Arizona Small’ と明記した記録があります。ほかにも ABB・ACC・CAA など多くのコードの株が国内で流通しています。 FBB という綴りも国内で目撃されていますが、同じ体系のコードかどうかは確認できていません。 名前との対応が知られるものに、FLL = ‘Donna Marie’、FAA = ‘Big Brother’、FOO = ‘Uncle Ray’、FSS = ‘Aunti Vi’ があります。 ‘First Cousin’ と ‘Second Cousin’ については、資料によってコードの対応が食い違い、どちらが正しいかは決められていません。
採集番号 EL
EL で始まる番号は、ブラジルの植物学者 Elton Leme 氏の採集番号とされます。 goehringii の #EL2508、jonesiana の EL-2959 が知られます。 EL-2959 は国内の複数の記録に現れ、番号が株と一緒に伝わっていく様子を追うことができます。EL4146 は SEL07-0348 という番号と併記され、cf. choristaminea の株に付いて、国内の複数の記録に現れます。
交配式を読み解く — 実例DECODING — WORKED EXAMPLES
このサイトの品種ページでは「交配式の読み解き」として、式の親を順に示す書式を使っています。ここでは2つの実例で、その読み方を示します。 なお当方のオリジナル交配の記録は、品種名に続けて「Crossed: 交配を行った年」、種子親(Seed Parent)と花粉親(Pollen Parent)の行で残しています。「Seeds:」のような種そのものを指す語ではなく、交配した年であることが分かる書き方にするためです。
例1 — BCR の登録記録にコードで残された交配(‘Nagas’、BCR #14330)
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STEP 1 — 交配
‘4th of July Series’ #202 × ‘Bone’
→ 登録記録では、種子親がコード「4JOS#202」、花粉親が ‘Bone’ と記されています。この交配で生まれたのが ‘Nagas’ で、Sueb Anyamaneetrakul 氏の作出、2013年にタイで登録されました。
親について
- 4JOS#202 — Bill Baker 氏の交配シリーズ ‘4th of July Series’ のうち、#202 と番号付けられた個体を指すコードです。シリーズ名は当方の表記で 4OJS、海外では 4JOS とも記されます。
- ‘Bone’ — ‘Brittle Star’(BCR #2335)の F3 実生群(grex)から選抜されたクローンで、BCR の ‘Nagas’ 登録記録に花粉親としてそう記されています。‘Bone’ 自体の登録はありません。
例2 — 当方のオリジナル交配の記録(‘Engawa’)。
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STEP 1 — 交配(Crossed: 2022)
‘Jaws’ × marnier-lapostollei
→ 2022年の交配で得られた実生群(グレックス、記録タグ #tgn_hyb_jm_01)。
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STEP 2 — 選抜
実生群 → 選抜個体
→ 実生群のなかから当方が選抜し、名付けた個体が ‘Engawa’ です。名前は選抜した1個体(クローン)に付く、という原則の実例です。
親について
- ‘Jaws’ — BCR #14722 の登録品種。2018年に Makoto Saito 氏が登録文書(Reg. Doc.)を担当して登録されましたが、起源・作出者・交配親は BCR の記録に残されていません。
- marnier-lapostollei — 原種 Dyckia marnier-lapostollei。当方の交配式では略号 ML と記します。
記録タグRECORD TAGS
このサイトと Instagram では、株ごとに記録タグを付けて、投稿と品種ページを対応付けています。 #tgn_dyc_… は原種・品種、#tgn_hyb_… は交配・実生の記録です。
海外ブリーダーの個体番号も、そのままの形で記録に残しています。 たとえば ‘Brittle Star’ F3 の個体クローンを示す D番号(‘D011’ など)や、Q Dyckia のクローン系統の HU-5、選抜クローン名の ‘Bone’(‘Brittle Star’ F3 の選抜クローン)などです。 一方で、販売者固有のタグの中には意味が公開されていないものもあり、そういうものは推測で展開せず、そのまま転記するに留めます。
調査:2026年10月
