NOTES — 研究ノート

トリコーム

Dyckia marnier-lapostollei
Dyckia marnier-lapostollei(葉の拡大、当方所有株、2026-10-31)

ディッキアの銀白色は、葉そのものの色ではありません。葉の表面を、トリコーム(鱗状毛)と呼ばれる盾のような毛が覆い、その白さが色に見えているのです。 当方のアーカイブでも、「白・銀白」の色タグが付く株は243ページ中191ページにのぼり、銀白はコレクションの主役と言えます。 このノートでは、トリコームの構造と働きについて研究で分かっていることを整理し、光や水で白さがどう変わるかを、当方(@togenot.kochi と @barracude の両アカウント)の記録と、趣味家の検証記録に重ねます。 なお、トリコームは植物の毛全般の呼び名で、ブロメリア科のものは鱗のように広がるため鱗状毛とも呼ばれます。趣味家の間では「粉」「粉物」と呼ばれることも多く、英語の園芸文では scurf と書かれます。

トリコームの構造THE STRUCTURE

ブロメリア科のトリコームは、多細胞でできた傘のような構造です。表皮のくぼみの中に、生きた細胞が積み重なった短い柄(軸)があり、その先に、細胞壁だけを残して死んだ、空っぽの細胞が一層に広がる「盾」が乗ります。 盾は、中心の4細胞と、それを同心円に取り巻く輪の細胞列、そして一番外側の「翼」からできています(Benzing の記載による、科の基本形)。

ディッキアでは、この鱗毛は葉の裏側、肋(葉脈)の間の溝に集まって並び、同じ溝の中にある気孔を覆っています(Dyckia distachya、Dyckia brevifolia の解剖学研究)。葉の付け根の鞘の部分には、鱗毛も気孔もありません。 表側への出方には種によって幅があり、selloa 複合群の研究では、両面に多数のトリコームが並ぶ姿が報告されています。

Dyckia ‘Engawa’
Dyckia ‘Engawa’(葉の拡大、当方所有株、2026-10-31)

乾いた盾は空気を含み、光を乱反射するため、白く見えます。濡れると盾に水が入って空気と置き換わり、光を通しやすくなるため、地の葉の色が透けて見えます。 雨晒しで地肌を晒してしまった ‘White Shark’(2023年8月)のような姿があり、濡れた姿をあえて撮った写真も両アカウントに多く残しています。 濡れ方は一様ではなく、葉の表面の水はけ(撥水性)が測定された種(Dyckia platyphylla)がある一方、当方の観察でも撥水性が抜群の子やマットになる子もいます(2023年4月)。

トリコームの働きWHAT THEY DO

働きについては、根拠の強さに差があります。ディッキアで直接確かめられたことと、科全体の一般論を分けて書きます。

ディッキアの解剖学で有力なのは、光の屈折と、水の節約です。selloa 複合群の研究は先行研究を引いて、ディッキアのトリコームの主な働きは吸収ではなく、光を屈折させることと、水の節約・保持にある、という仮説を述べています。 溝の中の気孔を鱗毛が覆うことで、葉の表面に空気の層が保たれ、気孔からの蒸散が抑えられる、という説明です(brevifolia の研究)。厚いクチクラ(葉の表面を覆うロウのような薄い膜で、水分の蒸散を抑える働きがあります)と合わせ、強い日射と乾燥にさらされる岩場の暮らしに合った仕組みと読めます。

Dyckia braunii
Dyckia braunii(当方所有株、2026-03-21)

一方、ブロメリア科全体では、トリコームは「葉から水と養分を吸う器官」として知られます。Benzing の古典的な研究では、濡れると盾の死んだ細胞に水が満ち、柄の生きた細胞へと送り込まれ、乾くと蒸気の逃げ道が閉じて損失を防ぐ、一方向の弁のような仕組みが示されました。 空気中の水分に頼る大気型のティランジアや、水を溜めるタンク型では、これが命綱です。しかしディッキアは地生で、しっかりした根を持ち、タンクも持ちません。吸水の主役は根であり、トリコームの吸収をディッキアの主題として語るのは、科の一般論を当てはめすぎだと当方は考えます。

a.乾いた環境蒸散は盾の下で抑えられるb.水没した環境水は盾で止まり、溝には空気が残るクチクラ(表面)表面の鱗毛(まばら)貯水組織通気組織鱗毛(トリコーム)の盾気孔空気の層
同じ構造の二面性。乾く環境では乾燥を防ぎ、濡れる環境では水を防ぐ(模式イラスト)

増水で水没する川岸の種(brevifolia、distachya)では、厚いクチクラと、気孔を覆う鱗毛の配置が、水の侵入を防ぐ防水の側にも働くと読まれています。同じ構造が、乾く環境では乾燥を防ぎ、濡れる環境では水を防ぐ、という二面性です。

科の総説にはこのほか、食害への防御や、急な温度変化への断熱も働きに挙がります。ただし、ディッキアで直接確かめた研究は知られていません。

環境で変わるトリコームCHANGED BY THE ENVIRONMENT

トリコームは、一度付いたら終わりの飾りではありません。新しい葉に作られ続けるものなので、環境が変わると「新しく出る葉の白さ」が変わります。当方の記録から、その変わり方を拾います。

光との関係は、当方の記録にも表れています。陽当たりを十分確保しないといけないという記録(2023年3月、@barracude)があるように、白さと光は切り離せません。 一方で、遮光40%程度でも白さが際立ってきた株(‘Throwing Star’ と ‘Nanda Devi’、2023年6月)もあり、必要な光の量は株によって違うようです。 季節でも変わり、冬に一段と白化粧になった ‘Richard Kaz’ white form(2023年1月)、3月に記録した ‘Silver Mercury’ のように、寒い時期に白さが増す記録が残っています。

もう一つは、付いている毛が物理的に失われる方です。当方の記録にも「極端に剥がれやすいパウダー」と感じる株があり(2023年3月)、触れたり擦れたりすれば落ちるものだと分かります。 洗い流される・擦り落とされる喪失は一時的で、表面の更新で戻ります。「落ちる」と「作られなくなる」は、見た目が似ても原因が違います。

鋸歯や葉縁(マージン)がトリコームに覆われている品種
鋸歯や葉縁(マージン)がトリコームに覆われている品種

量と質は株ごとにも違います。Dyckia monticola は「全体的にやや毛深い」と記録しています(2023年7月)、ブラジル産の無名種には「埃のようなトリコーム」の株があります(2023年4月)。 若い葉では、鋸歯の跡に沿ってトリコームの模様が残ることも記録しています(2023年7月)。交配でも銀は伝わり、当方の交配では、種子親由来の「金属のような銀色の肌」を受け継いだ個体が残っています(‘La Rioja’ × brevifolia、2025年4月)。

扱いの注意HANDLING

白さを保ちたいなら、まず触らないことです。剥がれやすい粉は、植え替えや移動で葉を持つだけでも落ちます。株は鉢を持って動かし、葉の表面には触れないのが基本です。

トリコームを帯びた若い株
トリコームを帯びた若い株(当方所有株、2026-08-22)

水やりでは、粉を濡らしたくない株を腰水で管理する方法があり、当方も実践しています(2023年4月)。腰水は常時の方法にせず、目的を限って使うのが当方の線引きです。詳しくは「ディッキアの栽培」の「腰水について」にまとめています。頭から水を与える場合は、葉の表面をこすらないよう、株元へ与えるのが基本です(栽培ノートの水の節)。

濡れて地の色が見えるのは、毛が溶けたり壊れたりした姿ではありません。乾けば盾に空気が戻り、白さも戻ります。 反対に、乾いた新しい葉の白さ自体が出てこないときは、光と水の環境を見直す合図になり得ます。

出典SOURCES

当方の記録(@togenot.kochi と @barracude の両アカウントの投稿、Instagram フィードと Threads、2023〜2026年)。 Benzing 氏のブロメリア科研究("Bromeliaceae: Profile of an Adaptive Radiation", 2000 ほか。トリコームの構造と、水の出入りを仕切る仕組みについて)。 Troleis 氏ら(2023年、Acta Botanica Brasilica 誌。Dyckia selloa 複合群の葉の形態解剖。トリコームの働きに関する仮説の引用元)。 Voltolini 氏ら(2009年、Revista Brasileira de Biociências 誌。Dyckia distachya の葉の形態解剖)。 Dyckia brevifolia の葉の表皮の研究(2013年、The Scientific World Journal 誌)。 Dyckia platyphylla の葉表面と濡れ性の研究(2019年、IOP Conference Series)。

調査:2026年10月

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