NOTES — 研究ノート

原種プロファイル — Dyckia monticola

Dyckia monticola
Dyckia monticola(当方所有株、2026-07-17)

原種プロファイルの第1回は、当方のアーカイブで最初期から「永遠の推し」と呼ばれてきた Dyckia monticola です。 先に要点を書きます。monticola は交配種(ハイブリッド)ではありません。1962年にブラジルの野生株をもとに学名として記載された原種で、交配で生まれた栽培品種とは成り立ちが違います。 このノートでは、記載の経緯、生息地、形態を出典から確認し、当方(@togenot.kochi と @barracude の両アカウント)が高知で重ねてきた記録と重ねます。

名前と記載NAME & DESCRIPTION

学名は Dyckia monticola L.B.Sm. & Reitz。アメリカの植物学者 Lyman Bradford Smith 氏と、ブラジル南部の司祭・植物学者 Raulino Reitz 氏の共著で、1962年、サンタカタリーナ州イタジャイの植物標本館 Herbário Barbosa Rodrigues の機関誌 Sellowia 第14巻104ページに原記載が掲載されました。 名前の記録は IPNI(国際植物名索引)に残り、POWO(キュー植物園)と World Flora Online は現在もこの名を受容名として扱っています。同義名(シノニム)は知られていません。記載から60年以上、改名も組み替えもなく一つの種として扱われてきた名前です(著者名の読み方は「原種を名付けた植物学者たち」)。

種小名の monticola は、ラテン語で「山に棲むもの」を意味します。Flora do Brasil 2020 の注釈も「種小名は、この種が分布する山地にちなむ」と明記しています。名は生息地そのものを指していたわけです。

記載の土台は Reitz 氏自身の採集です。Flora do Brasil が証拠標本として挙げる標本には、Reitz 氏の採集番号 3938 と 4789(US=スミソニアン、HBR=Barbosa Rodrigues 標本館に所蔵)が含まれます。なお今回、原記載(Sellowia 14: 104)の本文そのものは直接開けていません。記載年・掲載誌・受容の現状は IPNI/POWO/WFO で、記載文と分布は後続のフロラ(Flora Neotropica と Flora do Brasil 2020)で確認しました。

生息地HABITAT

Flora do Brasil 2020 は、この種をサンタカタリーナ州北東部のキリリ高原(Campos do Quiriri)の岩の露頭と断崖に固有な種とします。日当たりを求める陽生植物(ヘリオファイト)で、大西洋岸森林(Mata Atlântica)の領域にありながら、森の中ではなく、岩の上に広がる高原の草原(岩上植生)に育ちます。生育の基盤は岩上、ときに地上です。 キリリ高原は Campo Alegre、Garuva、Joinville などにまたがる山地で、標高は1,300〜1,600 m に達します。古いモノグラフ Flora Neotropica(Smith 氏と Downs 氏)は分布を「開けた斜面、標高1,250〜1,500 m、ミナスジェライス州とサンタカタリーナ州」と書きました。

ここには出典の食い違いがあります。Flora Neotropica はミナスジェライス州を含め、POWO もブラジルの南部と南東部を分布とします。一方、現在の Flora do Brasil 2020 が「確認された分布」として挙げるのはサンタカタリーナ州だけです。 つまりミナスジェライスの記録は、古いモノグラフには残るものの、現在のブラジルのフロラでは確認分布に入っていません。どちらかに寄せず、両方を書いておきます。分布の中心がキリリ高原であることは両者に共通しています。

なお、ミナスジェライスのエスピニャーソ山系のカンポス・ルペストレスは本属の多様性の中心として知られますが(「原産地ブラジル」)、monticola はそこの種ではありません。南部の高原、キリリの種です。同じ「山のディッキア」でも、産地の系統ははっきり分かれます。

形態MORPHOLOGY

Flora Neotropica の記載文によります。葉は多数が密にロゼットをなし、長さ23〜27 cm。葉身は線形で、基部の幅10〜13 mm、硬く、樋(とい)状にくぼみ、やや湾曲します。 表面は灰色の鱗毛(トリコーム)に覆われますが、まもなく無毛になります。縁の鋸歯はまばらで、細く、前向きに曲がった茶色の棘が長さ2.5 mm ほど並びます。

花茎は約40 cm、花序は緩く多数の花を付け、長さ約28 cm、基部に数本(記載では6本)の総状の枝を持つ複合花序で、花弁以外は錆色の綿毛に密に覆われます。 花は長さ約15 mm で橙色、花柄は約5 mm。花弁ははっきりした爪部(基部の細い部分)を持ち、開く部分は倒卵形です。雄しべは花の外へ突き出ず(inclusos)、柱頭はほぼ無柄で3つに裂けます。

近縁とされるのは Dyckia fosteriana var. robustior と Dyckia reitzii です。Flora do Brasil 2020 は、monticola との区別は基本的に花序にあるとします。monticola の花序は通常は複合(対して2種は単一)、花はまばらに付き、花苞の縁の棘が目立たないか無毛です。 葉ではなく花序で決める見分けで、「鋸歯と形態の見分け方」で書いた、葉だけでは決着しない例の一つがこの種です。

当方の株の姿は、この記載とよく重なります。品種ページの monticola の特徴として記録してきた「緑の葉面にはトリコームがほとんどない」「棘は小さく間隔をあけて並ぶ」という姿は、記載の「まもなく無毛になる」「まばらな鋸歯、2.5 mm の細い棘」と一致します。 花についても、2023年7月の当方の詳しい観察メモは、マンゴーのような橙色の花弁(記載は橙色)、広がらず中央に集まったままの雄しべ(記載では雄しべは突き出ない)、背の低い雌しべ(記載では柱頭はほぼ無柄)と、点々が線でつながります。

当方のコレクションIN OUR COLLECTION

当方の monticola の中心は、Constantino 氏(Dyckia Brazil)の種子から育った実生群です。2023年4月の記録に「seed from Constantino Gastaldi, Brazil」と明記しています(「原産地ブラジルと Dyckia Brazil」)。 実生群なので、株ごとに幅があります。記録には「緑の個体」、開花した「赤が強い個体」、小さな「チビ推しモン」が残り、品種ページでは記録タグ #tgn_dyc_monticola_rd_03 で追っています。

子株の記録もあります。2023年に外した子株は、ほぼ放置のまま親とは違う顔を見せている、と2024年1月に記録しました。 また品種ページには、aff. monticola(Campo Alegre, SC, Brazil)として記録した株も残っています。Campo Alegre はキリリ高原の一角にあたる町で、フロラが分布の中心とする地域と重なる産地表記です。

Dyckia monticola の花
Dyckia monticola(当方所有株、2024-05-08)

交配の親としても使ってきました。自家交配 (goehringii var. rubra × ‘Mercury’) × monticola(2023年)では花粉親です(「当方の交配系譜」)。推しの原種が、当方の交配の片親にもなっているわけです。

高知での記録RECORDS IN KOCHI

開花の歩みは、当方の記録の中でも古くから残っています。実際の初開花は2022年だったと、翌年の開花メモに残っています。ただしその年は花茎が折れてしまいました。当時のメモには、猫の仕業か、風や雨だったのかもしれない、と残っています。 記録として残る開花は、2023年7月、2024年5月、2024年6月、2025年6月、2026年8月の計5回です。4年連続で咲きながら、月は 7・5・6・6・8 と年ごとにずれます(「開花の記録」)。

Dyckia monticola の花
Dyckia monticola(当方所有株、2024-06-28)

2023年7月4日のメモは、花茎についての注意も残しています。花茎は「非常に柔らかく脆い」印象で、伸びてくると折れにくく感じても、生っぽく繊細だ、と。当方の株全体については「やや毛深い」という一言もあり、記載の「灰色の鱗毛に覆われる」姿の、栽培下での実感として読めます(「トリコーム」)。 同じメモには、花弁の側面の数か所から蜜がにじみ出ていたこと、蜂が訪れたことも残り、花と昆虫の結びつきは当方の環境でも観察しています。

栽培面の記録は、一般論ではなく当方の観察だけを挙げます。用土については、小さな実生にピートモスを塗る(表面に被せる)と「プリプリになる」という観察が2023年9月に残っています。 季節の姿では、春に色づく姿(2023年3月)を記録している一方で、冷害と日焼けでやられる姿も繰り返し残ります(2026年3月)。標高1,300 m 級の高原の種でも、高知の冬の冷えと強い日差しは無事では済まない、というのが当方の記録の範囲で言えることです。栽培の全体像は「ディッキアの栽培」にまとめています。

出典SOURCES

当方の記録(@togenot.kochi と @barracude の両アカウントの投稿、Instagram フィードと Threads、2022〜2026年。初開花の年は2023年7月の開花メモによる)。 IPNI(International Plant Names Index):Dyckia monticola の名の記録(Sellowia 14: 104, 1962)。 POWO(Plants of the World Online, Royal Botanic Gardens, Kew):受容名と分布(ブラジル南部・南東部)。 World Flora Online(wfo-0000400782):Flora Neotropica の記載文と Flora do Brasil 2020 の形態データ。 Smith 氏・Downs 氏、Flora Neotropica(Pitcairnioideae のモノグラフ):記載文、分布「開けた斜面、標高1,250〜1,500 m、ミナスジェライス州とサンタカタリーナ州」。 Büneker 氏ら(2020年、Flora do Brasil 2020/Flora e Funga do Brasil、Dyckia):注釈(キリリ高原の岩の露頭と断崖に固有、種小名は分布する山地にちなむ、近縁種との区別は花序による)、確認分布はサンタカタリーナ州のみ、証拠標本(Reitz 3938・4789 ほか)。 キリリ高原の範囲と標高(Campo Alegre・Garuva・Joinville にまたがり1,300〜1,600 m)は、Campo Alegre 市などの公開情報によります。 原記載(Sellowia 14: 104, 1962)の本文そのものは今回直接開けていません。本文中の記載情報は上記の後続フロラで確認した範囲です。

調査:2026年10月

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