NOTES — 研究ノート
開花の記録
高知でいつ、何が咲いたか
ディッキアは葉の姿を楽しむ植物ですが、花が咲かなければ交配も選抜も始まりません。 当方では2023年から、開花と花芽を日付とともに記録してきました。 このノートは、花のつくりの基本と、自生地で分かっている訪花者の話に、当方自身の高知での開花記録と、株が特定できた開花・花芽の記録を重ねたものです。開花の記録は、品種の記録を担う @togenot.kochi よりも、日々の様子を投稿する @barracude 側に多く残っています。 「いつ咲くか」は、記録の積み重ねからしか見えてきません。
花のつくりTHE FLOWER
花序は、ロゼットの中心からではなく、側方(葉の付け根側)から伸びます。中心の成長点が花に取られないため、開花したロゼットは枯れず、翌年もまた咲けます。 花序の姿は種によって幅があり、1本の穂状のものから、枝分かれする円錐状のものまであります。当方の株でも、細い花茎をすっと伸ばす Dyckia monticola、密に花を付けて「1本で花束みたいに咲く」Dyckia choristaminea、初開花で花茎を3本上げた ‘Chicago’ のように、株ごとに表情が違います。
花は両性花で、3数性のつくりです。萼片3枚(花弁より短い)、花弁3枚、雄しべ6本が2輪に並び、花弁の付け根と合着して短い管を作ります。雌しべの柱頭は、ねじれた溝のある「導合らせん型」です。子房の位置については、半下位とする記載が現在の標準的な属の記載で、上位とする古典的な記載もあり、文献によって扱いが割れます。 花色は黄〜橙〜赤が基本で、ワイン色の花の種も報告されています。
当方の choristaminea が初めて咲いた時は、オレンジ色の花が多い中、レモンイエローの花弁がとても爽やかで一際映えていたのを覚えています。(2023年5月頃)
花は花序の付け根側から頂部へ向かって順に開きます。河岸の岩場に育つ Dyckia brevifolia の研究では、1つの花序に約60の花が付き、1日に約7花ずつ開いて、一つの花の寿命は1日半ほどでした。 花には蜜があり、この種では1花あたり約30マイクロリットル、濃度は約26%と測られています。
個体差や株によって溢れ方が異なりますが、花弁の側面の数か所からは蜜がにじみ出し、後述しますが自然の交配は昆虫によるところが非常に大きいです。同じ観察では、雄しべが中央に集まって広がらず、雌しべが低くて花粉に届きにくいなど、咲いた株ごとの花のつくりの違いもメモしています。花の外側(萼)に花外蜜腺を持ち、蟻を呼ぶ種も知られています。 なお、花が咲くまでの年数について、同好会の案内には「実生から花まで3年以上」とあります。当方の交配株でも、交配から初開花まで数年単位の時間がかかっています。
開く時刻にも、株による違いが見られます。goehringii × ‘Sky Walker’ では夜になってから花が咲いた記録(2024年1月)、翌2025年3月にも夜になって咲いた花の記録が残っています(写真を消してしまい株名も記録していませんでした)。夜に開く花は、日中とは別の訪問者と出会うはずで、自生地の研究で夜間の訪問者も花粉を運んでいたという報告(後述の Dyckia scrutor の項)とも重なります。
高知での開花カレンダーA FLOWERING CALENDAR IN KOCHI
当方の記録(2023〜2026年、@togenot.kochi と @barracude の両アカウントの Instagram フィード・Threads の投稿と、品種ページに残る分)から、株が特定できた開花・花芽の記録を月ごとに数えると、次のようになります。 記録が多い月は、その月に集中して咲くことの表れですが、記録がない月は「咲かない」ことと同義ではありません。投稿に残った分だけが母数です。
| 1月(6件) | ‘Classic One’ の開花(2023)、goehringii × ‘Sky Walker’(2024)、sp. ‘Robson’ green form(2024)、‘Engawa’ の花芽と estevesii の開花(2026)など |
|---|---|
| 2月(2件) | marnier-lapostollei 系の花芽(2024)、goehringii New Form F1 の開花(2026) |
| 3月(3件) | delicata × ‘Bangkok Star’ の花芽(2023)、‘Nanda Devi’ と ‘Chicago’ の開花(2026) |
| 4月(9件) | delicata × ‘Bangkok Star’ の開花と ‘Heaven and Hell’ の花茎(2023)、‘Jaws’ の蕾(2024)、‘Yeti’ の初開花(2025)、‘Engawa’・‘Avalanche’・‘O-J’ の開花(2026)など |
| 5月(16件) | 記録全体の3分の1が集中するピーク。choristaminea、frigida、monticola、‘Heaven and Hell’、‘Obsidian’、‘Jaws’ など(2023〜2026) |
| 6月(3件) | ‘Heaven and Hell’(2023)、monticola(2024・2025) |
| 7月(5件) | monticola の開花、frigida の花芽、choristaminea rubra の開花と採種(2023)、magnifica の開花(2025) |
| 8月(1件) | monticola(2026) |
| 9月(1件) | pectinata rubra(2026) |
| 10月(3件) | ‘Distortion’(2023)、estevesii の年内2回目と sp. ‘Robson’ の蕾(2024) |
| 11月(0件) | 株が特定できた記録はない。ただし2023年11月には、花芽を伸ばし始めた株の記録がある(株名は残っていない) |
| 12月(1件) | ‘Nanda Devi’ の2回目の開花(2025) |
読み取れるのは、ピークは5月、次いで4月という春の集中と、株が特定できた記録がゼロなのは11月だけという広がりです。年による違いも大きく、2025年は暖かい冬だったためか花芽の数が過去最も多く、毎週切り取るほどでした。
花芽の上がり方には株ごとの傾向も見え、暖かいと早い時期から花芽が上がりやすいように感じています。自生地の研究では、開花期は種と環境で動きます。Dyckia excelsa は鉄岩の自生地で主に9月(南半球の春先)に咲き、Dyckia erectiflora は雨季から乾季への移行期に咲いて、開花は降雨量とは相関しなかったと報告されています。つまり「ディッキアは○月に咲く」と属全体では言えず、栽培下では場所と株ごとの記録で確かめるしかありません。あくまでも当方の環境であり、高知の気候と株構成によるものです。
繰り返し咲く株と、季節外れの記録REPEAT BLOOMERS & OUT-OF-SEASON RECORDS
最も記録の多いのは Dyckia monticola で、2023年から2026年まで4年連続、計5回の開花記録があります。ただし咲く月は7月・5月・6月・6月・8月と年によってずれ、同じ株でも「いつも同じ月」とはいきません。 ‘Heaven and Hell’ は、2023年と2025年に開花記録があり、‘Yeti’ は2025年の初開花に続き、2026年に開花。choristaminea と ‘Jaws’ も、複数年にわたって花の記録が残っています。
年に2回咲いた例もあります。estevesii は2024年10月に、‘Nanda Devi’ は2025年12月に2回目の開花を迎えました。花芽から開花までの長さも株次第で、花茎が伸びてから開くまで、3か月近くかかる株もあります。
真冬の記録も目立ちます。12〜2月の記録は9件あり、寒風の中で開花した estevesii(2026年1月)、真冬に咲いた ‘Classic One’(2023年1月)などが含まれます。 同じ ‘Classic One’ は、冬に花芽を上げて咲いた後、雨晒しで傷んで葉を落とし、再出発したことも記録しています(2023年7月)。2024年12月には、花芽を伸ばしたものの年内には咲かなかった株の記録もあります。高知の冬が温暖なことと、軒下・室内に取り込む管理の両方が映っていると考えられますが、これは当方の記録の傾向として述べるに留めます。
訪花者と受粉VISITORS & POLLINATION
自生地の研究では、ディッキアの花を訪れるのはハチドリ、ハチ、チョウなどです。 Dyckia brevifolia では、ハチドリ Amazilia versicolor が主要な送粉者で、クマバチやマルハナバチ、チョウも訪れました。Dyckia excelsa でもハチドリ・ハチ・チョウの訪問が観察され、花の形はハチドリ媒の特徴を示しながら、実際の訪問者は幅広い、という姿が報告されています。 絶滅危惧種 Dyckia scrutor では、ハチドリとチョウの日中の訪問が種子の生産に重要で、夜間の訪問者も花粉を運んでいました。
例外もあります。Dyckia erectiflora では、外来のハチによる送粉が中心で、研究者はこれを「ハチドリ媒が基本の属としては異例」と位置づけています。
受粉が実るかどうかは、相手の組み合わせだけでなく自家和合性にも左右され、これも種差が大きいことが実験で確かめられています(自家で結実する種と、しない種があります)。当方の記録でも、sp. ‘Robson’ green form では開花時の観察で自家受粉の結実がゼロだった一方、他の株の花粉ではすべて実になりそうだったこと(2024年1月)、2026年5月にも「セルフでは結実しないが、他の花粉なら100%実になる」株を記録しています。2024年の交配では、受粉を限定的に絞った年でも結実が意外に多かったことが残っています。 手順としての交配と種蒔きは、「ディッキアの栽培」の「交配と種蒔き」の節にまとめています。
記録の付け方HOW THE RECORDS ARE KEPT
当方の開花の記録は、普段の成長記録の延長にあります。株ごとに記録タグ(#tgn_dyc_○○)を付け、花芽が出た日、開花し始めた日を、その日の投稿に残します。 花の写真は品種ページの「花」の欄に、写真の出典日のまま(当方所有株、YYYY-MM-DD)の形で置いています。このノートのカレンダーは、その積み重ねを数え直したものです。
花芽から開花までを段階で追うことには、実用的な意味もあります。交配では、親にする株同士の開花が重なるかどうかが全てを決めるためです。 交配の始まりは春とは限りません。開花した株を室内に取り込んで、真冬に交配を始めた年(2023年1月)もあり、2026年も1月末から2月にかけて「冬の交配」が始まっています(この年は例年より遅い、と記録しています)。開花時期の記録が貯まるほど、翌年の交配計画——どの株を先に咲かせるか、花粉をどう保存するか——の精度が上がります。交配した年と親の組み合わせの付け方は、「品種名と交配式の読み方」にまとめています。
出典SOURCES
当方の記録(@togenot.kochi と @barracude の両アカウントの投稿、Instagram フィードと Threads、2023〜2026年。開花カレンダーの母数)。 World Flora Online(Smith & Downs による属の記載。花序・花の構造について)。 花の形態の研究(Acta Botanica Brasilica 誌、2017年。Dyckia 3種の花と柱頭の形態)。 Rogalski 氏ら(Dyckia brevifolia の生殖生物学。花序あたりの花数・開花の進み方・蜜・訪花者について)。 Paggi 氏ら(2019年、Dyckia excelsa の繁殖生物学と送粉、Plant Species Biology 誌)。 Dyckia scrutor の研究(Journal of Plant Research 誌。昼と夜の訪問者について)。 Dyckia erectiflora の研究(2025年。開花フェノロジーとハチによる送粉について)。 Torres 氏ら(2024年、花外蜜腺とアリ、Dyckia floribunda と Dyckia longipetala の研究、Plants 誌)。 San Gabriel Valley Cactus & Succulent Society 会報 “Dyckia”(花序の姿と、実生から開花までの年数について)。 San Marcos Growers(Dyckia marnier-lapostollei のページ。夏の開花と蜜について)。
調査:2026年10月
