NOTES — 研究ノート

原産地ブラジルと Dyckia Brazil

ディッキアの原種
ディッキアの原種(当方所有株、2026-03-28)

交配文化の本場がアメリカなら、原種の本場はブラジルです。属全体のおよそ7割の種がブラジルにあり、新種の記載はいまも続いています。 その原産地の側から、長年にわたって自生地と栽培の記録を世界へ発信してきたのが、サンタカタリーナ州 Joinville の Constantino 氏と、彼のブログ「Dyckia Brazil」です。 このノートでは、公表されている情報の範囲で、その足跡をまとめます。

原種の地、ブラジルTHE HOMELAND

ディッキアの分布の中心はブラジルで、典型的な生息地は高地の岩場草原(campos rupestres)、サバンナ(cerrado)、乾燥有棘林(caatinga)です(「ディッキアの基礎と形態」)。 Flora do Brasil 2020 の総覧では、認められる184種のうち約130種がブラジルに分布し、121種がブラジル固有とされます。多様性の中心はミナスジェライス州の campos rupestres にあります。 多くの種は狭い地域に固有で、岩場ごとに異なる顔を持ちます。新種の記載は現在も続いており、Elton Leme 氏、Eddie Esteves 氏、P.J. Braun 氏といったブラジルと結びついた研究者・栽培家の名が、新種の記載者として繰り返し現れます。

大西洋ボリビアパラグアイアルゼンチンウルグアイコロンビアベネズエラペルーチリACREALAGOASAMAZONASAMAPÁBAHIACEARÁESPÍRITOSANTOGOIÁSMARANHÃOMINAS GERAISMATO GROSSODO SULMATO GROSSOPARÁPARAÍBAPERNAMBUCOPIAUÍPARANÁRIO DEJANEIRORIO GRANDEDO NORTERONDÔNIARORAIMARIO GRANDEDO SULSANTACATARINASERGIPESÃO PAULOTOCANTINSエスピニャーソ山脈ジョインヴィレN
ブラジルと周辺国。点線はエスピニャーソ山脈のおおよその走向、丸印はサンタカタリーナ州ジョインヴィレ

生息地を具体的に見ると、campos rupestres はミナスジェライス州からバイーア州へ1,000 kmを超えて延びるエスピニャーソ山脈を中心に、標高900 mを超える高地に広がる岩場草原です。 基岩は石英岩、砂岩、鉄岩(カンガ)で、岩の割れ目と薄い土に根を張ります。同じ岩場の植生は cerrado や caatinga の中にも点在し、caatinga では Dyckia dissitiflora が孤立した岩山(インゼルベルク)に生えます。

Serra do Cipó の石英岩の岩場
Serra do Cipó の石英岩の岩場(Photo: Hector Bottai、CC BY-SA 4.0)
Encholirium nibertii の群落
ミナスジェライス州 Encholirium nibertii の群落(Photo: Pierre Braun、CC BY-SA 4.0)
自生地で開花する Dyckia encholirioides
自生地で開花する Dyckia encholirioides(Photo: Marcia Stefani、CC BY 2.0)

基岩は地域によって変わり、花崗岩・片麻岩の岩場、パラナ州北部の玄武岩の岩場(Dyckia walteriana、Serra Geral 層群)に生きる種もあります。 川沿いの岩場も重要な生息地で、Dyckia magnifica はサンタカタリーナ州とリオグランデ・ド・スル州で川に近い玄武岩の断崖に生え、Dyckia brevifolia は川床の岩そのものに生きる渓流性(rheophyte)の種です。 海岸の砂地(restinga)に生える種(リオデジャネイロ州の Dyckia pseudococcinea)もあり、生息地は高地だけではありません。

Dyckia sp. Chapada Diamantina, Bahia
Dyckia sp. Chapada Diamantina, Bahia(当方所有株、2024-03-06)

なお、属レベルの基岩のリストに石灰岩は現れません。石灰岩に生きる種は、もともと Encholirium 属に置かれていたものが知られるのみです。 たとえばバイーア州西部の石灰岩に固有な植物は、Encholirium splendidum として2015年に記載され、後の Dyckia splendida という名が非合法名となったため Dyckia viridiflora と改名されました。 ただし Encholirium を Dyckia に含めるかどうか自体、Flora e Funga do Brasil や POWO が含める扱いを採る一方で、GBIF が別属として残すなど、データベース間で扱いが分かれています。

酸性度(pH)野菜畑の目安 5.5〜6.5自生地の土 3.9〜5.2セラードの中央値 5.034567お酢 約3コーヒー 約5純水 7リン(mg/dm³)自生地の土(大半の地点)4以下作物に十分とされる目安 15〜205前後まで「とても低い」05101520※ リンの区分はブラジルの土壌診断(Mehlich-1法)の目安
自生地の土は、お酢とコーヒーの間の酸性度で、リンは作物に十分とされる量の数分の一しかない

土壌の貧しさは、自生地を定義づける特徴です。campos rupestres の土壌を集めた総覧(Silveira 氏ら、2016年。68地点の土壌プロファイル)では、pH(H₂O)は岩質によって3.9〜5.2(石英岩で4.3、鉄岩で4.8〜5.0)の強い酸性で、リンは大半の地点で4 mg/dm³以下しかなく、カルシウム、マグネシウム、カリウムも乏しく、交換性アルミニウムが高いことが示されています。 cerrado の土壌も同様で、大規模調査(Lopes & Cox、1977年)で pH の中央値は5.0でした。 つまりディッキアの多くは、養分の乏しい酸性の薄い土か、土のほとんどない岩の割れ目に生きているのです。

ディアマンティーナ(ミナスジェライス州、標高1,114 m)棒:月の降水量(mm)/線:昼と夜の平均気温(℃)0100200300昼夜123456789101112← 雨のほとんど降らない冬(乾季) | 雨の集中する夏 →出典:INMET(ブラジル国立気象院)1981〜2010年の平年値
エスピニャーソ山脈の高地の気候。雨は夏に集中し、冬はほとんど降らない(ディアマンティーナ)

気候も厳しく、雨は夏に集中し、冬にははっきりした乾季があります。標高の高い campos rupestres では昼夜の温度差が大きく、強風にさらされ、火災もこの植生の生態の一部とされます。 渓流性の Dyckia brevifolia に至っては、イタジャイ・アスー川の急流の岩場で、増水時には株全体が部分的〜完全に水没する環境に生きています(Rogalski 氏らの個体群研究)。

当方では、この自生地の姿は栽培の前提を考える材料になると読んでいます。強い日差し、土の薄さと岩の割れ目、痩せた酸性土という条件は、栽培で求められる強光と排水のよさ、そして過度に肥沃な用土を必要としない性質と響き合います。 ただし、自生地の数値そのものがそのまま栽培の最適値になるわけではありません(栽培の実際は「ディッキアの栽培」)。

一方で、自生地そのものは開発や採集圧の中で失われつつあります。 原種の「記録」は、植物そのものと同じくらい貴重なものになりつつあります。

Dyckia maracasensis (Bahia, Brazil)
Dyckia maracasensis (Bahia, Brazil)(当方所有株、2025-06-24)

コンスタンティーノ・ガスタルディCONSTANTINO GASTALDI

Constantino 氏は、ブラジル南部サンタカタリーナ州 Joinville を拠点とする栽培家です。 ブログ「Dyckia Brazil」(dyckiabrazil.blogspot.com)を主宰し、自生地の観察と栽培記録を英語で長年公開してきました。 米国の同好会誌では「ディッキアを愛するなら訪れるべきサイト」として紹介され、計画していた著書 “THE ALLURING DYCKIAS” のための写真を大量に投稿していたことも、愛好家のブログで紹介されています(2010年)。 現在もブログの更新は続いており、自身の交配(Baker 氏の ‘Mercury’ を使った交配など)や属間交配の実生の記録も公開されています。

彼の記録は家族の記憶から始まっています。ブログによれば、彼の母親が1970年代初頭に Itajaí 川の洪水で岩からはがれ落ちた Dyckia brevifolia を拾い、その株の子孫を今も育てているといいます。 1990年代初頭には Dyckia brevifolia var. subidensis を自ら採集しています。 栽培家であると同時に、自生地を見てきた記録者でもあることが、彼の文章の特徴です。

Dyckia brevifolia ‘Red’
Dyckia brevifolia ‘Red’(当方所有株、2023-08-03)

自生地へのまなざしFIELD & CONSERVATION

Constantino 氏の2014年3月の記事は、彼の姿勢をよく表しています。 かつてブラジルには草原ではなくディッキアの野原が広がっていたこと、ディッキアは土壌を作る開拓者(colonizer)植物であること、そして「ディッキアは消えつつある」という警鐘。 趣味の対象としてだけでなく、失われゆく植物として自生地を見つめる視点が、Dyckia Brazil の底流にあります。

その関心は分類学の側にも及びました。 彼はドイツの研究者 P.J. Braun 氏との共著で、新種 Dyckia apiunensis と Dyckia seringeriana の記載者名(C.Gastaldi)に名を連ねています(World Flora Online などで確認できます)。 また Dyckia magnifica が2023年に Büneker 氏らによって正式記載された際、その記載文(語源の項)には、種小名 magnifica は Constantino 氏が作って広めた名前であり、彼がこの名で各地のコレクターや植物園コレクションへ株を配布していたことが明記されました。 趣味家と分類学の接点に立つ、原産地ならではの立ち位置です。

記録と流通への足跡RECORDS & CIRCULATION

BCR にも彼の足跡があります。‘Spider Witch’(BCR #10166)の登録では、登録文書(Reg. Doc.)を2009年に Constantino 氏が担当しました。 この株自体が「長年前にカリフォルニアから(ブラジルへ)入った輸入株」と登録に記されており、ブラジルとアメリカの間の古い株の流れをうかがわせます。 また、ブラジルの栽培株 Orthophytum ‘Roberto Menescal’ の命名(2017年)に関わったことも、オーストラリアの Derek Butcher 氏の調査記事に記録されています。また、彼の交配種 ‘Koka Wolff’ の名は、故人となった友人 Koka Wolff 氏の名に由来します。Wolff 氏は Constantino 氏とともに自生地へ採集に赴いた仲間で、とりわけ Dyckia hebdingii を愛した人でした。

Dyckia ‘Koka Wolff’
Dyckia ‘Koka Wolff’(当方所有株、2025-11-04)

彼の役割を、大規模な輸出ナーセリーと見るのは正確ではないでしょう。 Dyckia Brazil は、ナーセリーというより「原産地側の記録の拠点」です。 英語で書かれた自生地と原種の情報は、米国の同好会やナーセリーを通じて世界の趣味家に読まれ、ブラジルの原種情報が世界へ出ていく窓口のひとつになりました。 アメリカで交配の母材となった原種クローンの多くも、こうした原産地側の記録と流通の積み重ねの上にあります(「本場アメリカのディッキア」)。

ブラジルから世界へFROM BRAZIL TO THE WORLD

流れをまとめると、ブラジルの原種と記録が、アメリカのナーセリーと育種家の手で交配文化となり、タイで大きく育ち、日本の趣味家シーンへ届く、というのが現在見えている構図です。 原産地ブラジルは、その全ての起点にあります。 このアーカイブで原種を原種として、交配を交配として区別して記録するのは、原産地側の記録者たちが残してきた情報があってこそ可能なことです。

出典SOURCES

Dyckia Brazil(Constantino Gastaldi のブログ、dyckiabrazil.blogspot.com。2014年3月の記事 “Understanding Dyckias” ほか)。 World Flora Online(Dyckia apiunensis P.J.Braun & C.Gastaldi の著者名)。 San Gabriel Valley Cactus & Succulent Society 会報 “Dyckia”(dyckiabrazil への編集注)。 The Danger Garden(2010年、Gastaldi の著書計画への言及)。 Bromeliad Cultivar Register(BSI): ‘Spider Witch’ #10166(registry.bsi.org)。 Bromeliads in Australia(Derek Butcher の調査記事、Orthophytum ‘Roberto Menescal’ の命名について)。 Flora do Brasil 2020(Büneker 氏らによる Dyckia の総覧。種数・分布・固有性について)。 Silveira 氏ら(2016年、Plant and Soil 誌。campos rupestres の生態総覧と土壌プロファイルの集計)。 Rogalski 氏ら(イタジャイ・アスー川における Dyckia brevifolia の個体群構造の研究)。 Büneker 氏ら(2023年、Phytotaxa 誌。Dyckia magnifica の記載文)。 Lopes & Cox(1977年)のセラード土壌調査(Haridasan 氏の総覧による)。

調査:2026年10月

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